2009年10月7日水曜日

登山に向けての決意

壮行会2009/9/26での挨拶

神戸大学・中国地質大学合同崗日嘎布山群学術登山隊 
隊長 井上 達男 


日本の登山界ではヒマラヤの処女峰登山の時代は終わったといわれるようになってまいりました。しかし、よくよく見てまいりますと、確かに8000m峰は手垢に汚れていますし、7000m峰も残っている山は政治的に閉ざされていたり、私が登ったSherpi Kangriの二峰は7303mですが、マイナーピークであったりします。しかし、目をチベットの東に転じますと、なんと全く未知のエリヤが沢山あるとわかってまいりました。私は技術屋でありますが、GPSや衛星での探査に興味を持っております。Google Earthはご存知でしょうが、衛星から計測した結果がそれぞれの地域の画像に標高デ-タとして格納されています。その精度は検証しなければなりませんが地形を大まかに把握するには十分実用に耐えるものであり、東チベットの山座同定に活用しております。そこから無名のピークをマークし、旅行者や登山隊、探査隊などの写真を駆使してピ-クの存在を明らかにしていくとまだまだ新しい発見があります。


神戸大学は過去3回阿扎氷河(Ata Glacier)に入っています。今度で4回目ですが、今までの3回でそれぞれ新しいピ-クを見つけてきています。私たちはカンリガルポ山群の各ピ-クに仮番号をつけて山座同定を行っておりますが、雑誌岳人にも発表させていただきましたKG-5(推定6325m)は遠方から良く見える山で多くの人が見ているはずですが、後ろの稜線と重なっていて誰もこれが立派なピ-クであるとは気付いていませんでした。2007年の偵察隊はこれをはっきりと確認してきました。この例のようにこの地域はまだまだ未知の領域であると言えます。すなわち、カンリガルボ山群は私やあるいは平井一正先生が黎明期のヒマラヤ登山で経験したように、わくわくするような未知と遭遇できる可能性が沢山ある地域であります。


私は若い頃は「俺は実力があるからヒマラヤの処女峰にも簡単に登れるのだ」というような思い上がった気持ちで遠征に参加したのですが、よくよく考えてみますと、多くの先輩やご支援いただいた方々の厚い助力のもとに遠征が成り立っていたのだということを今更ではありますがしみじみと感じる歳となりました。このたび60歳を過ぎてはおりますが、老体に鞭打って、若い頃に体験させていただいた遠征登山と処女峰登頂、そしてその後のすばらしい人生を送らせて頂いた喜びを今回参加していただく若い人達にも味わっていただくことにより神戸大学の探検的登山の伝統を継承していきたいと願っております。今日、皆様にお見せしている地図はGoogleから取り出したものに様々な写真や訪問者の情報をもとに山座同定を進めているものであります。新しいピ-クの発見や登路の検討はこれらの地道な研究を通じてできるものである、と言った未知への挑戦の進め方この遠征登山を通じて伝承していきたいと思っています。


 東チベットについてもう少し述べさせてもらいますと、今日まで判っているだけで250座を超える未踏の6000m峰が林立している地域であります。今度行きます崗日嘎布山群は全長280kmありますが、私が数えたところでは32座の6000m峰があり、その全てが未踏峰であります。目標のKG-2のある阿扎氷河(Ata Glacier)流域のピ-クも全てが未踏峰であります。この事実はなかなか世間にはわかってもらえないことで、「まだ世界には未踏峰がまだあるの?」と言った質問を受けるのですが、まだまだ知られざる地域であります。昨今の中国の開発速度は驚くべきものがありますが、東チベットの未踏の6000m峰全てが登られるのにはあと100年は掛かるのではないかと推定されます。そういう意味では神戸大学山岳会・山岳部は1915年に創設されて90周年を過ぎたところで、もうすぐ100周年を迎え、そろそろパイオニア・ワ-クをビジョンとする山登りのスタイルも終りかなと言われる歳でありますが、どっこいあと100年は続けられるぜ、との思いでパイオニア・ワ-クの伝統をまだまだ積み上げて生きたいと思っております。それからシニアの皆様もアプロ-チが簡単になりますから夢をもう一度とチャレンジされてはいかがでしょうか。中にはやさしい山もあります。私がその先鞭となれればと思います。


話はチベット問題に移りますが、ご支援いただいた方々の一部から「いまどきチベットへ漢族と合同登山するのはいかがなものか」と言った厳しいご批判も頂いております。私はそうではないと思っております。チベット問題はその大半がメディアを通じた報道から情報を得ていると思われます。情報過多の時代でもあります。本当はどうなのか、と疑問が多いのもチベット問題であります。これからの時代、真実は自分の目で確かめることが大切であると思います。幸い、私たちの登山隊にはチベット人の学生が2人います。丁度10月1日は現中国の建国60周年記念日を迎えます。チベット開放後も長い年月が経っており、新しい世代の人々が育ってきております。20代のチベット人隊員たちと日々語らう機会があります。彼らがその人生にどんな夢を持っているのか、将来のチベットがどうあるべきと思っているのか、それを知る良い機会であると思っています。日本隊の若い人達もぜひ彼らと語り合ってこれからの良い地球を築くにはどうしたらよいのか大いに議論してもらえたら嬉しく思います。


私は長年自動車関係の仕事をしておりますが、本多宗一郎氏が三現主義「現地、現物、現状」を厳しく指導されて世界に誇れる今日の日本車の品質向上に貢献されています。私たちもこの精神で現地に赴き、ただ単に山を登るだけではなく、自分たちで出来る調査をやってこようと隊員それぞれがテ-マを持って出かけます。最年少の石丸祥史君は農学部の学生です。今度訪ねる最奥の村、拉古(Lhagu)の農業について調査をテ-マとしています。私と山田健副隊長は、山田が測量についてはプロでもありますが、今度訪れる山々の高度を出来る限り正確に求めることと山座同定をテ-マとしています。KG-2は無名峰です。チベット人隊員には現地の名前を探ってもらおうと考えています。近くの寺院から見える山々にはチベット仏教ゆかりの名前があり、聖山(ユラ)として信仰の対象になっています。幸いKG-2は地元でも認知されておらずおそらく無名であると期待しております。名前がなければチベット人隊員に命名してもらうのが自然ではないか、と思っております。しかし、命名には慎重に取り組み、地元にも受け入れられるようなプロセスが大事かと思います。


最後に、私の大切な仕事はここにおります隊員全員が元気に戻ってくることだと肝に銘じております。年末にはまた、皆様とお会いして成果のご報告ができることを楽しみにしております。

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